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真夏のミステリー

その5 2000年のまとめ(最終回)

このページは(その1)からの続き物です。初めてご覧になられ
る方は、
(その1)からご覧なられることをお勧めいたします。



■8月11日以降

 この日から観察記録を書き入れる表を作り、観察の度に記入することとした。

新しい株が今後見つかった時のことを考えて、株のナンバー欄を34まで作っ

た。また8月19日からは前年同様に尾根の上迄電線を運び、1時間おきのイ

ンターバル撮影も始めた。

 9月1〜3日にかけての連続写真を見ながら今年のクロムヨウランの状態を

見てみよう。


 
1日5:12
夜明けとともに
 
1日6:12
開花を始め
 
1日9:12
最も開いた
 
1日18:07
しかしこの時間にも
 
1日21:07
この時間になっても
 
2日6:07
一向に閉じない
 
2日15:07
閉じる前に萎れて
 
3日3:06
子房ごと落ちてしまった
 
3日15:06
他の蕾も皆萎れてしまった


 日の出が大体5時頃なので、5時を過ぎるとだんだん開花を始める。1999

年の観察では正午前に開花のピークをむかえ、3時過ぎには殆ど閉じてしまっ

たが、2000年の観察では日が沈んでも一向に花を閉じない。しかし、これ

は正常な状態ではなく、地中の水分が少ないために開花後閉じる力を無くして

しまったからではないか。2日の日差しによってますます水分を失って萎れた

花は、3日の夜明け前に子房ごと落下してしまった。そしてこの花の開花後は

余程地中の水分が無くなったらしく、残り3個の蕾が蕾の状態のままで萎れて

しまった。

 このような状態の理由を考えていたわたしは、北隆館発行の『増補改定牧野

新植物大図鑑』のクロムヨウランの記述の一節を思い出した。それは『土室湿

度などの影響で蕾のまま落下することが多い』(土室と書かれていますが、わ

たしは土中あるいは土壌のミスプリントではと考えています。)という一節で

ある。確かに2000年の8月は降雨量がとても少ない。特に13日に少しま

とまって降った後は、殆ど降っていなかった。幸いクロムヨウランの生息地よ

り100m ほど離れたところで気象観測を行なっているので、1999年の夏

と2000年の夏の降雨量を調べて、グラフを作ってみた。



1999年7月降雨量 288.5mm
 〃   8月降雨量 458.0mm

2000年7月降雨量 239.5mm
 〃   8月降雨量  89.5mm



 このデータを見て頂ければ、いかに2000年の8月の降雨量が少なかった

かがよくお分かりになると思います。観察のノートにも20日に「9番の蕾、

萎れだす」24日には「全体に蕾が萎れて垂れだす」と書き込みがある。開花

も全体で19日に14個、21日に10個開花した後は、9月5日までの15

日間に19番で3個、25番で4個、29番で2個の合計10個が開花しただ

けで今年のクロムヨウランの花は終ってしまった。花が咲いても閉じずに萎れ

て子房ごと落下したり、子房だけ残っても黒くなる前に落下したものが多かっ

た。全く降雨量の減少に比例して殆どの花が萎れて行った。

 こういったことから、7・8月の降雨量、それにともなう土壌の湿度がクロ

ムヨウランの生育に深く関わっていることがよく分かった。もし7月の降雨量

が極端に少なければ、もっと大きな打撃を受けていただろう。降雨量が充分に

あり、その他の条件も整って順調に生長結実した年のデータが1999年のも

ので、2000年は8月の半ば以降、クロムヨウランにとっては受難の年のデ

ータとなったのではないだろうか。



クロムヨウランの花の構造
 



■クロムヨウランの生息場所

 生息範囲をよく見てみると、雑木林の中の比較的大きなヒサカキの下に多い

ことに気がついた。『ははーん、土が乾くことを嫌うから雑木林の中でもなる

べく日の当たらない場所がいいんだな。そういう所は笹も密生しないし。』雑

木林の中のちょっと離れたところに、ヒサカキがまとまって生えている場所が

あることを思い出した。『ひょっとしたらあそこにもクロムヨウランが生えて

いるかもしれない。』そう思うと、もう少し暗くなってきていたがすぐにそこ

へ行ってみた。案の定そこに3個のクロムヨウランの株を発見した。


 

クロムヨウランの分布図(等高線は1m刻み)
右上が少し離れたヒサカキ林のもの、右下は1999年の2株




■クロムヨウランの茎

 クロムヨウランの茎は非常に堅く、まるで樹木のようである。茎やはじけた

子房は、折れてしまわなければ何年も残っている。新しい茎は、昨年の茎の根

元に近いところの鱗片葉の部分から出ている。きっとこの部分に、樹木でいえ

ば冬芽のようなものがあるのだろう。



ストローを束ねたような構造、鱗片
葉は葉が退化したものと思われる。



■クロムヨウランの種子

 1999年受粉の媒介をしているものが何か調べたが分からなかった。マル

バウツギの花は余程美味しい蜜が出るのか、辺りに虫が驚く程集まる。同じラ

ン科のキンランなども、花に虫がたかっているのをよく見かける。しかしクロ

ムヨウランは今年も注意していたが、蜜や花粉を求めて来ているような虫は見

つけられなかった。しかし、ハナグモのようなクモが這いまわったと思われる

クモの糸が絡んでいる株はいくつかあった。植物の世界には自家受粉(※)の

ものと、自分の花粉は受けつけない仕組みや、雄しべと雌しべの成熟する時期

をずらして自家受粉を防いでいる他家受粉のものとがあるが、クロムヨウラン

がどちらか今のところ私には何ともいえない。

 1999年の株は殆ど100%に近い確率で結実した。翌年の3月6日に種子

を採取して、30倍の簡単な顕微鏡で見たところ図のような形をした種子がび

っしりと詰まっていた。肉眼で見ると粉のようにしか見えないのだが、顕微鏡

で見ると金色に輝いてとてもきれいなクロムヨウランの種子が見えた。これは

多分風に飛ばされて飛び散って広がるのだろうと思った。

※ 自家受粉の植物の中で、同じ花から花粉を受けるものを特に自花受粉植物と

..呼ぶ。

 

顕微鏡で見た種子のイラスト




 

2,000年クロムヨウランの観察データ

最終的に確認したクロムヨウランの株数は33株。

そのうち実のはじけた子房をつけた茎が残っていて今年も開花が見られるので、昨年以前にも開花し今年も開花したといえる株は22株。

蕾や閉じた花、あるいはまだ結実していない子房が見られないために昨年以前は開花したが、今年は新しい芽が出なかったと思われる株が5株。

実のはじけた子房をつけた茎が見あたらず、開花が確認されたので、今年新たに芽が出たのではと思われる株が6株。

一番背の低い株は10cm。

一番背の高い株は31cm。

33株の高さの平均は20.4cm。

一番残っている茎の本数の多かったもの20本。


■参考文献
原色牧野植物大図鑑(離弁花・単子葉植物編)北隆館
増補改定牧野新植物大図鑑 北隆館
野草大図鑑 北隆館
原色日本植物図鑑 草本編(下) 保育社
山渓ハンディ図鑑2『山に咲く花』 山と渓谷社



「真夏のミステリー」その5までご覧下さり、
本当にありがとうございました。

今年(2001年)夏の雨の状況は皆様ご存知のように、
昨年よりも厳しいものでした。開花した花はほんの数個
で、そのうち子房の残っているものは2、3個と思われま
す。やはりその日のうちに萎まない花は、子房ごと落ちて
しまいました。まだまだ分らないことがたくさんありま
す。人生は分らないことがたくさんあるから、きっと楽し
いのですね。              (松村良)




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